【お知らせ】
「雉」ホームページリニューアル再開
長らくお待たせ致しました、令和6年4月1日、リニューアル作業も無事終了し、
新生「雉」ホームページを公開しました。
「見て楽しい、使って楽しい」ホームページを目指して、内容も全て一新、
スマホの小さな画面でも見やすいデザインへと工夫してみました。
これからもご支援を宜しくお願いします。

俳句結社「雉」のご案内

「雉」の歴史と実際の活動
「雉」は、「風」主宰沢木欣一、細見綾子を師系とし、
「風」の僚誌として昭和60年1月、主宰林徹、創刊同人田島和生ほか、
会員94名により広島で創刊しました。
創刊主宰林徹の逝去により,
田島和生が主宰を継承し現在に至っています。
現在会員数は276名。
北は東北から南は九州まで全国に15支部を設置。
全国71地区に特色ある句会が設けられ、
会員相互の親睦や俳句技術の向上に努めています。
句会では、毎月の例会のほか、吟行句会の催行、
主宰や講師を招いての句会や勉強会の開催など
活発に活動を続けています。
全国を網羅する雉メール句会やオンラインZOOM句会には、
全国から沢山の会員が投句を行い、
主宰の選句や指導を受けているところです。

「雉」主宰、副主宰の横顔
主宰 田島和生(たじまかずお)、副主宰 鈴木厚子(すずきあつこ)

主宰の田島和生は大学生時代に「風」に入会、沢木欣一に師事、林徹に兄事。
平成17年『新興俳人の群像「京大俳句」の光と影』で第20回俳人協会評論賞を受賞。
欣一から直接俳句指導を受けた数少ない現役俳人です。
副主宰の鈴木厚子は昭和53年「風」に入会、「雉」には発足とともに入会し、
平成11年に「俳句研究賞」を受賞。編集長などを歴任し、現在「紅頬集」の選者を務めています。

「雉」が目指す俳句とは
「雉」は、「写生を基本とする正統派俳句」の実現を方針に掲げています。
また、句作の基本を「写生と即物具象」においています。
写生とは自然や事物をよく観察して感動したもの、
つまり、【ものの命をとらえて詠む】ことです。
また、「即物具象」とは、詠む対象を具体的に、客観的に、目にみえるように表現することです。
以下の作品をみれば、「即物具象」がより理解できると思います。

「蜻蛉を翅ごと呑めり燕の子」   沢木欣一

「雪合羽汽車に乗る時ひきづれり」 細見綾子

「蕗の薹のせてビアノの蓋くもる」 林 撤

「蜻蛉」の句は、子燕が蜻蛉を丸ごと吞み込んだ様子を詠んだもの。
「翅ごと呑めり」の対象把握が句の眼目になっています。
また、「雪合羽」の句は、汽車に乗る行商人の様子を詠んだものですが、
茣蓙に油紙を綴じつけた雪合羽が汽車の床を摺る様子が、
「ひきづれり」の的確な描写により眼前に浮かび上がって来ます。
「蕗の薹」の句では、「ビアノの蓋くもる」が作者の凝視による発見となっています。

「雉」への入会と見本誌の購読
「雉」に入会ご希望の方は、以下より住所、氏名、年齢、連絡先など明記の上ご送信下さい。
折り返し担当者より連絡をいたします。
また、「雉」見本誌の必要な方も、以下よりご送信下さい。
折り返し担当者より連絡をいたします。代金は500円(切手可)です。 

「雉」句会の見学
「雉」を理解するためには、句会に参加することが一番の早道です。会員はもちろんのこと、会に入会しなくとも見学は可能です。
全国71の「雉」句会一覧を掲載してありますので、
興味のある方は以下より、氏名、希望句会名、
希望日、人数など必要事項を記入しご送信下さい。
折り返し担当者より連絡をいたします。
句会日程や場所により希望に添えない場合も有りますので
予めご承知おき下さい。          


「結 社」
結社とは、特定の目的のため継続的な関係を結ぶことや、その団体を差します。
俳句の世界では、1人の指導者(主宰)のもとに会員が結集し、
継続的に俳句活動を行う団体を「結社」と呼んでいます。
多くの結社では、独自に俳句誌を発行し、会員の作品発表の場としています。

「主 宰」
主宰とは、
「人々の上に立ち、また、中心となって物事を取り計らう事。または、その人。」
の意味ですが俳句の場合も同様です。
「結社」の中心となって会員の俳句指導を行う人を主宰と呼んでいます。

「句 会」
句会は、俳句活動の中心をなす場のひとつです。
「句会は楽しく俳句は厳しく」は田島主宰が常々口にしている指導方針のひとつです。
「雉」では全国で71の句会が開かれています。

通常は例会として毎月1回、日時と場所を設定して、
各自が当月詠んだ句を提出し、相互に選句を行い、
講評するのが一般的なかたちです。
また、吟行を開催した後に行うこともあります。
自信作が選に漏れたり、
或いは予想外の句が選に入ったりと句会は悲喜こもごもですが、
それも俳句の楽しみのひとつと言えましょう。
指導者が直接選句や講評を行う場合もあります。